7月11日、田町で行われたスキンケアセミナーに参加しました。
テーマは「保湿のチカラ~保湿を制する者はスキンケアを制す~」です。講師は中島尚志先生で、外科手術のスペシャリストですが皮膚科学にも精通し科学的な皮膚病治療を提唱されています。
今回のセミナーのテーマである「保湿」
皆様にも大変馴染みの深い言葉ではないでしょうか? 人の場合、特に女性の方は気にされていると思いますが、保湿は大変重要なスキンケアの要素ですよね。もちろんワンちゃんも人と同様の皮膚構造を持った生物ですから、その重要性は変わりありません。
残念なことに、獣医療は人医療と比較すると情報量が圧倒的に少なく、研究のスピードも遅れています。だからと言って人医療の情報をそのまま犬や猫に当てはめることは乱暴ですし、その逆もまた然りです。
動物種による解剖学的/生理学的差異や生活環境等の違いも含めて、人医療の情報が参考に出来るのかどうかは慎重に考慮しなければなりませんが、情報量と情報の新鮮度を考慮すると、獣医療での情報を優先しつつも、人医療からの情報も上手に利用することが望ましいと考えます。
今回のセミナーでは、アトピー性皮膚炎の病態とスキンケアについて、獣医療と人医療の論文や情報を比較しつつ動物のスキンケアについて考えること出来ました。
今回のセミナーで学んだ内容を中心に、皮膚トラブルで最もよく遭遇するアトピー性皮膚炎について、現在の考え方をまとめてみました。
アトピー性皮膚炎と皮膚のバリア機能
人もワンちゃんも皮膚のトラブルで最もよくみられるのがアトピー性皮膚炎(*厳密にいうと、人とワンちゃんでアトピー性皮膚炎の定義が異なりますので、ワンちゃんの場合には「犬アトピー性皮膚炎」と呼びます)ですが、アトピー性皮膚炎の病態として
① 免疫異常(アレルギー反応) と ② 皮膚バリア機能異常 の2つの面が考えられています。
1980年代、人ではアトピー性皮膚炎はアレルギー性疾患として研究が行われおり、動物でも人に追随するように免疫学的な研究が行われてきました。1990年代になると、アトピー性皮膚炎では表皮細胞間脂質の代表的な成分であるセラミドが減少しバリア機能異常をきたしていることが示され、スキンケアの重要性が高まってきました。2000年代になると、人ではある種の遺伝子異常により引き起こされた皮膚の物理的バリア異常(保湿因子の異常)によって、2次的にアトピー性皮膚炎が発症することが証明されつつあります。つまり
従来: 免疫異常 → 皮膚バリア機能異常
現在: 皮膚バリア機能異常 → 免疫異常
というふうに、アトピー性皮膚炎の概念が変わってきているのです。獣医療でも同様の研究が行われており、今後さらに知見が得られてくるでしょう。
治療はどうする?
アトピー性皮膚炎の治療に関しては
① 免疫異常(アレルギー)に対する治療
② 皮膚バリア機能異常に対する治療
③ 悪化因子に対する治療 が挙げられます。
①に対しては、抗炎症/掻痒抑制を目的とした薬物治療(ステロイド、オクラシチニブ「アポキル」、抗ヒスタミン薬など)が実施されます。③に対しても、悪化因子である二次感染を制御する目的で抗菌薬等の薬物治療が実施されます。いずれにしても、薬物治療はいわゆる「対症療法」であり、あくまで症状緩和が目的となります。
①に対して、体質改善を目的とした減感作療法が実施されるケースもありますが、劇的に良化する割合は残念ながらそれほど高くはありません。また、原因となる抗原を回避するという考えもありますが、現実的には非常に困難です。
②に対する治療の目的は言うまでもなくバリア機能の改善であり、そのために必要なことは薬物治療ではなく「スキンケア」なのです。
皮膚バリア機能異常が免疫異常の引き金になっている可能性が高いので、アトピー性皮膚炎の治療の本質は、薬物治療ではなく「スキンケア」ということになります。スキンケアはおまけではなく、むしろ治療の要という位置づけです。
有効なスキンケアとは?
皮膚のバリア機能に問題が生じると、皮膚に必要な水分を保持できなくなり乾燥してしまいます。いわゆる「乾燥肌」ですね。乾燥してしまうと、皮膚表面のさまざまな外的因子(アレルゲンや細菌)に感作されやすくなり、免疫異常が悪化します。免疫異常により皮膚炎が引き起こされ、皮膚のコンディションがさらに悪化するという負のスパイラルに陥ってしまいます。
そこで、スキンケアにより
皮膚表面の有害なものを除去【洗浄】 し、
皮膚に有益なものを添加する【保湿】 ことが重要となります。
シャンプーの選択 ~シャンプーってどれも一緒?~
洗浄とはいわゆるシャンプーのことですが、実はすごく奥が深く、ただ洗えばいいというものではありません。
その理由は・・・世の中に数えきれないくらい存在するワンちゃん用のシャンプーで、安全性が担保され、かつ本当に有害なものを除去できるシャンプーがほとんど存在しないからです。
え~!?と思われる方、いらっしゃると思いますが、実は動物用のシャンプーには使用成分の安全性確保や表示義務を定めた法規制がないのです。
極端な話、台所用洗剤や洗濯洗剤を薄めて容器に詰めてシャンプーとして売り出しても法的には問題ないのです。ちょっと怖い話ですよね・・・実際に、人用のシャンプーを含めた化粧品で使用禁止となっている成分が含まれている動物用シャンプーは存在しています。
ぜひ一度、お手元のワンちゃん用シャンプーのパッケージを確認していただくことをお勧めいたします。ただし、全成分が表示がされていないと、そもそも好ましくない成分が含まれているのかわからないのですが、「全成分表示されていない」=「あまり表示したくない成分が含有されている可能性がある」と考えた方がいいかもしれません。
人用のシャンプーはほとんどが「化粧品」にあたり、2001年の薬事法の改正により全成分の表示が義務付けられていて、配合量も多い順に記載されることが定まっています。これにならい、動物用シャンプーでも全成分を表示する製品が増えてきましたので、しっかり成分を確認して安全なシャンプーを選びたいですね。
また、シャンプーは汚れを落とすために界面活性剤を含みますが、この界面活性剤には少なからず皮膚毒性があります。ですから、シャンプー後にはしっかりと洗い流すことが必要です。もちろん、シャンプーに含有される界面活性剤の割合が多ければ多いほど皮膚への刺激も強くなりますので、皮膚病のワンちゃんは、使用しているシャンプーに界面活性剤がどのくらい含まれているのかもチェックした方がよいでしょう。
理論的な洗浄 ~何を落としたいのかを考える~
そして、本当に有害なものを除去できるシャンプーがないというのも、驚きですが現実です。
皮膚表面の有害なものには、細菌、環境由来の異物、剥離した角質、そして分泌された固形油脂があります。この角質や油脂が固まった汚れは細菌のエサとなるため、しっかり除去することが重要なのですが、これが一筋縄ではいきません。なぜなら通常のシャンプーではこの汚れをきれいに落とすことが出来ないからです。
例えると、女性が化粧品を落とす時、洗顔料だけでは落ちませんよね?
まずはクレンジングで溶かす → 洗顔料で洗い流す というステップで落としますね。原理はこれと一緒で、皮膚がベタベタしている場合には固形の油脂汚れが多いため、このクレンジングというステップが非常に有効であり必須なのです。
巷には角質溶解性シャンプーというものがあります。これは肝心な固形の油汚れは落とせませんが、皮膚に必要な油分はしっかり落としてくれますので、洗った後は皮膚がパサパサに(T_T)
使用には注意が必要であり、当院では一切使用していません。特に皮膚炎を起こしているワンちゃんには禁忌と言えます。
保湿剤はより品質が重要
シャンプー剤の安全性については前述しましたが、シャンプーは洗い流しますので、有害な成分と接触する時間は短時間であり実際にはそれほど問題にはならないかもしれません(もちろん、繰り返し使用することや、洗う人の手に対する影響を考慮すれば問題は小さくありまません)。
ところが保湿剤は基本的に洗い流しません。皮膚に長時間とどまり効果を発揮するものですから、その成分の安全性がより重要であることは言うまでもありません。
保湿に有効な成分は質の高い油脂と天然保湿因子です。通常はセラミドとヒアルロン酸ナトリウムが使用されますが、セラミドはアシルセラミドであることが重要とのことです(アシルセラミドが12種存在するセラミドの中で唯一有効性が確認されています)。
含有成分が確認できる安全かつ適切な有効成分を含む保湿剤を使用することで、皮膚のバリア機能を改善しアレルギー反応を抑制することができます。
というわけで、理想的なスキンケアは
クレンジング(皮膚の状態によっては不要)で頑固な固形油脂などを溶かして
→ シャンプー(低刺激・低毒性のものを使用)でしっかり洗い流し
→ 保湿剤(効果の高いもの・安全性の高いもの)で皮膚バリア機能の改善を促す
という手順を踏むことで実行する必要があります。
ご自宅でのスキンケアがちょっと敷居が高いなという場合には、病院での薬浴も実施しますのでご相談ください。
皮膚の細菌叢
ところで、私たちやワンちゃんの皮膚には数多くの微生物が生息し共存しているのをご存知でしょうか?近年の研究のより、従来考えられていたよりも膨大な種類の微生物が私たちやワンちゃんの体に存在することがわかってきました。
皮膚表面のpHがアルカリ性に傾くと、病原性のある悪玉菌が増加して細菌叢のバランスが崩れることがわかっており、アトピー性皮膚炎など皮膚のトラブルがあるとその傾向が強くなるようです。
特に、ワンちゃんの皮膚表面のpHはアルカリ性(*)に傾いていることが多く、人と比較して悪玉菌の増殖が起こりやすい素地があります。さらに悪玉菌が増えることでアルカリ化が進みます。
*よくワンちゃんの皮膚のpHはアルカリ性と言われていますが、本来の皮脂のpHは弱酸性で人と同じです。
この細菌叢の乱れによる様々な(dysbiosis)が、皮膚バリア機能へ悪影響を及ぼすことが示唆されています。
この細菌叢の乱れに対処するためには、スキンケアにより皮膚のコンディションを整えることも重要ですが、同時に細菌に対する直接的なアプローチも有効と考えられます。
細菌を制御する方法としては
① 抗菌薬の全身投与
② 局所的な消毒薬の使用/殺菌シャンプーの使用
③ 抗菌トリートメントの使用 があります。
①については、耐性菌の問題により世界的に抗菌薬の使用が制限されつつあり、第一選択とはならない時代となってきました。ただし、他の方法が適応できない場合や皮膚のコンディション・全身状態によっては選択される場合もあります。
②については、直接薬剤が効果を発揮するため有効性が高いということ、耐性菌を生じにくいということから、適応できる状況であれば非常に良い選択肢です。ただし、病変部が広範囲である場合や皮膚炎が悪化している場合などには、皮膚バリア機能を保つという観点から好ましくない場合もあります。
③については、皮膚のバリア機能に悪影響を与えず皮膚細菌叢の乱れを改善する可能性があり、長期的に使用可能なことから積極的に使用するようになってきました(詳細は過去のブログ参照)。
症状がない時の治療が吉 ~プロアクティブ療法という考え方~
アトピー性皮膚炎は発症初期は軽度の痒み程度です。治療するとすぐに改善します。しかし、症状の再発と改善を繰り返して、皮膚のコンディションが悪化し、徐々に治療の反応性も悪くなってきてしまうことがほとんどです。
これは、アトピー性皮膚炎が基本的に治らない「体質」という側面を持っているからで、症状が良くなったと思っても目に見えない形で皮膚の中では病態が進行しているからです。
進行に伴い皮膚のバリア機能は破綻し、収まりにくい炎症のタイプに変わっていきます。
この悪循環を断ち切るためには、症状がない時にも治療介入を行う「プロアクティブ療法」が有効であることがわかってきました。
人では、皮膚炎症状がない時(目に見えていないだけで、実際には皮膚の中で病態は進行している状態)にもステロイドの外用とスキンケアを継続することで、皮膚バリア機能を維持してアトピー性皮膚炎の負のスパイラルを止めることができ、症状の再燃防止につながってるようです。
ワンちゃんの場合にも症状がみられない時に、シャンプー療法、保湿、そして静菌治療を継続することで同様の効果が期待できると考えられます。
ちょっと長くなってしまいましたが・・・ (^-^;
アトピー性皮膚炎は命にかかわる病気ではありません。
しかし、日夜痒みに悩まされる苦痛というものは決して軽いものではありません。
痒みに苦しむワンちゃんやご家族の悩みを少しでも解消できるよう、今回のセミナーで学んだことを日々の診療に役立てていきたいと思います。