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院長 山本

ワクチンは毎年必要か?


ワクチンとは、病原性を弱めた/無くした病原体を体内へ接種することで、その病原体に対する「免疫」を獲得させるものです。

 生後すぐは、母親からもらった移行抗体により子供は病原体から守られますが、この移行抗体は経時的に減少し、生後12週前後で感染を予防できるレベルを下回ってきます。感染予防レベルを下回らないうちにワクチンを接種して免疫をつけさせたいのですが、この移行抗体はワクチンによる免疫獲得を阻害する働きもあるため、ワクチン接種時期が早すぎても十分な効果が得られないことになります。また、移行抗体の減少には個体差もありますので、通常は初年度のワクチンは生後6週以降に3~4週間隔で2~3回の複数回接種が必要となります。その後は、1年後に追加接種(ブースター効果)をすることで、免疫を強化することが出来ます。  では、1年後の追加接種以降はどのようにワクチンを接種したらよいのでしょうか?  実は、この正解は一つではありません。

 現在、小動物のワクチネーションプログラムに関するガイドラインとしては、WSAVA(世界小動物獣医師会)のグループが作成したものが有名です。  https://www.wsava.org/sites/default/files/WSAVA%20Vaccination%20Guidelines%20Japanese.pdf

 このガイドラインでは、成犬・成猫のワクチン接種に関しては「3年に1回」を推奨するという記載があります。これにより、ネットを中心に「3年に1回で十分」「毎年接種するのは間違い」という誤った情報が拡散しているようです。

 なぜ間違いかというと、WSAVAのガイドラインでもしっかり記載がありますが、ワクチネーションプログラムは、その国の状況や個々の生活環境等を考慮して決めるべきものです。すべてのワンちゃんやネコちゃんに同じプログラムを当てはめることは適切ではありません。

 「3年に1回」を推奨しているのはコアワクチン(感染により生命を脅かす恐れのある感染症を予防するワクチン)で、外へ出ない子も含めて、すべての動物への接種が推奨されています。

 一方、ノンコアワクチン(感染リスクがあれば接種するワクチン)については、「1年に1回」の接種が推奨されています。

 ノンコアワクチンには、ワンちゃんではパラインフルエンザやレプトスピラ感染症があり、パラインフルエンザは不特定多数のワンちゃんが集まる場所、トリミングサロン、ペットホテル、ドッグラン、お散歩でワンちゃんが集まる公園等に行く場合には接種が推奨され、レプトスピラはネズミが媒介しますので、山や川などのアウトドアに行く場合、屋外飼育などでは接種の必要性があると考えられます。

 ネコちゃんの場合には、白血病ウイルスやクラミジア感染症などがノンコアワクチンに分類されますが、屋外飼育や外出して他の猫と接触する可能性がある場合、多頭飼育などで接種の必要性があります。

 このように、ノンコアワクチンが必要なケースは意外と多いのです。

 つまり、「3年に1回で十分」のケースもあるし、「毎年接種が必要」というケースもあり、ケースバイケース、その子の生活スタイルや環境によって個々に考えていくべきものなのです。ですから、どんな場合でも「3年に1回で十分」「毎年接種するのは間違い」というのは、すべてに当てはまらないという意味で不適切ということになります。

 ところが、この「3年に1回で十分」という情報のみが独り歩きしてしまい、現在の混乱を招いてしまっています。

 少し話が逸れますが、ワクチン接種の意義は以下の4点と考えられます。 

 ① ワクチンを受けた子を感染症から守る

 ② 感染の拡大を抑える

 ③ ワクチンを打てない子を感染症から守る

 ④ 感染症を撲滅する

 ①と②はわかりやすいと思います。③はどうでしょうか?ワクチンは必ず接種が出来るとは限りません。③のワクチン接種を見送るケースとして、体調が悪い、妊娠している、ワクチンアレルギー等が挙げられます。このような状況でワクチン接種が出来ないワンちゃんやネコちゃんは感染症のリスクが高まると考えられますが、そもそも、その子の周りに感染症の動物がいなければ感染のリスクは低くなります。それが集団免疫と呼ばれる考え方です。集団の中に免疫を持つ個体の割合が増えれば、病原体が伝染しにくくなるということですね。その最終形が④ということになります。

 ワクチンによる免疫を考える時には、この「集団免疫」と個々の「個別免疫」の二つの考え方が必要です。

 「集団免疫」により病原体への暴露リスクを低下させて、万が一、病原体に暴露されても「個別免疫」で感染・発症を予防する。この2重の盾が感染症から守ってくれるのです。

 話は戻りますが、現在の日本の動物達がおかれている状況は、果てしてどうでしょうか?

 WSAVAガイドラインの基本的概念として

「すべての動物にコアワクチンを接種し、ノンコアワクチンについては必要な個体にのみ接種することにより、個々の動物へのワクチン接種回数を減らすことをめざす」と掲げられています。集団免疫が十分であることが前提となっているのです。

 現在、日本におけるワンちゃん、ネコちゃんのワクチン接種率は20~30%と推定されていて、「すべての動物にワクチンを接種」というガイドラインが掲げる理想からは、あまりにもかけ離れた状況にあります。集団免疫による恩恵は受けられないのが現状です。つまり、自分の身は自分で守るしかないということですね。

 「でも、ワクチンをしっかり打っていれば3年に1回でいいよね?」と考えたくなりますが、実は、ワクチン接種によりすべての動物が十分な免疫がつくとは限らないのです。ノンレスポンダーといって、ワクチンを接種しても抗体価(ワクチンによる免疫の指標)が上がらず、免疫が出来ない子がいるのです。また、抗体価の持続期間も個体差があります。実際、ワクチン接種して1年後に抗体価を測定しても、十分感染が防御できるレベルにない子がいます。

 集団免疫がしっかり機能していれば、そのような場合にも感染を防ぐことが出来ますので、ガイドラインでは「すべての動物にワクチンを接種する」ことが掲げられているわけです。

 繰り返しになりますが、集団免疫がしっかり機能していない現状では、個別免疫でしっかり身を守るしかありません。しかし、ワクチンを接種しても、十分な免疫がつかない/持続しない可能性があることは忘れてはなりません。頻繁な抗体価検査によって免疫持続期間をチェックすることでワクチン接種間隔を空けることは可能です。しかし、費用等を考慮するとあまり現実的とは言えませんので、当院では特別な理由がない限りは基本的に1年に1回のワクチン接種をお勧めしています。

 もちろん、完全室内で外出することがない場合、ワクチン接種により体調を崩したり、アレルギー症状が出たことがある場合などでは、ワクチン接種間隔を空けた方がいい場合もあります。時には、ワクチンを接種しない選択が必要な場合もあります。

 ワクチンは、「健康体に注射をする」ということと、「効果が目に見えない」という点で、病気の治療とは異なった側面があります。前述した誤ったネット情報等を見ると、ついつい「打たなくても大丈夫なんだ」と考えがちですが、現状では感染症リスクは決して低いとは言えませんので、冷静に判断をしていかなければならないことだと思います。

 ワクチネーションプログラムは、「打たないリスク」と「打つリスク」を比較しながら、オーダーメイドで考えていくことが重要ですね。

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